「若者から学ぶ」のパターン

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若者から学ぶ

news.careerconnection.jp

「若者から学ぶ」といったとき、いくつかパターンがありますよね。

 

1.若者至上主義

若者の価値観は絶対的に正しい、という人。

現実にほとんど見たことはないのですが、その理由って、若者至上主義の人は、老人に対するカウンターで生まれているから、ではないでしょうか?

ネットでは、老人が何かすると、口癖のように老害と唱えていますが、現実社会で老害と口にする人はそう多くないように感じます。(少なくともネットより)

年齢とともに、背負っているもの、守るものが増えた人に対して、守るものが少なく、合理的な判断を下しやすい若者こそ優位にある、という考え方です。

つまり、若者至上主義の人がいう「若者から学ぶ」は、「若者が正しい」ではなく、「大人は間違っている」だと思います。

 

2.年齢なんて関係ない派

知識や、経験で重要なのは、密度であって、年齢が重要度を決定しているわけではない、という人。

私はここに属すると思います。

というより、大多数がここに属するんじゃないでしょうか?

色んな若者がいるんだから、優れた人からは学ぶこともあるでしょう、という考え方です。

ここに属する人たちの「若者から学ぶ」は、「若者の力を取捨選択して取り入れる」ということです。

取捨選択だと意味が広いので、少し言い換えると、能動的に若者から学ぶわけではないが、若者に対する理解はあるから、理解できるものは取り入れるよ、ということです。

 

3.この時代の名は「俺」だ!

若者は正しくない、という人。

ここに属する人が言いたいことは、「この時代の名は"俺"だ!」でしょう。

世代ごとの考え方は理解できない、でも自分が感じていることはわかる。

だから、若者だから正しくないのではなく、自分とはなんとなく違うから正しくない、という考え方です。

 

目指すべきは?

兼ねてより、このブログでは、「若者が必要なのであれば、若者にあわせましょう。」ということを主張してきましたが、実際は少し違うかもしれません。

若者にあわせるというのは、少し上から目線で、極端に言うと、我々の世界は我々のものだが、後から来た君たちも、多少は貢献できるだろうから話を聞こう、という意味合いが含まれているように思えます。

 この世界は、若者が取り仕切っているわけではないので、事実でもあるのですが、上で書いたように、若者の力を取捨選択して取り入れているということになるので、実は受動的な「若者への理解」です。

 

一番目指すべきは、年齢という枠組みを意識せずに、誰からも学べて、教材としても立派な人間になることなんでしょう。

文字にしてみると、当たり前の話でしたね。